2018年9月15日

 

開場 19:00 上映 20:00 終演 21:30

料金 1000円

藤沢市民会館 小ホール

director

Toshihito Tanaka

人間が初めて波乗りをしたのは、おそらくカヌーによるものであった。つまり南太平洋の島々への民族移動の航海の途中で大洋を走るうねりに乗ったり、沖に釣りに出かけた帰りにサンゴ礁に砕ける波を横切ったりという体験から始まったのだろう。それがいつ頃からか、人は単に波の斜面をかけ下りるスリルだけのために海に漕ぎ出る様になり、やがて一種のスポーツとしての波乗りという概念が出来上がって行ったのである。 そして2020年、東京オリンピックの種目にもなった波乗は?国内においてどの様に、いつ頃、誰によって、どこで ”ブレイク” したのか? 今まで明らかにされていなかった、日系移民と波乗りの関係。日本が真珠湾を攻撃し、ハワイやアメリカ本土の日系移民の生活を ”壊して” いった事。まだ知られていない日本が世界に誇る、数々の”ブレイク”。今では乗る事のできない壊されていったパーフェクトな”ブレイク”。”Japanese Break”は、それらをドキュメンタリー映画として製作した。

movie contents

Break 1: DownTown Tokyo Surfboard Blues

東京の下町で始まったサーフボードビジネスの基礎をつくりあげた人達のドキュメンタリー。どうやってサーフボードを彼らの手で作って、どうやってそれをビジネスにしていったのか? なぜ、湘南でもなく千葉でもなく、海のない東京の下町から始まっていったのか?

Break 2: Father of Japanese Surfing

日系3世のタック カワハラとその夢に賛同した1人の日本人が数々の苦難を乗り越え、誕生させた、日本初のアメリカのテクノロジーで作られたMalibu Surfboardのストーリー。

 

Break 3: Children of Rising Surf

1960年、鵠沼に舞網荘という皆の溜まり場があった。当時、慶応大学や立教大学のアメリカンフットボール部の連中が、海でタッチフットボールをしたり、波があると長方形の船板を利用して波に乗る板子乗りをして楽しんでいた。
1961年の7月衝撃的な事が起こる。グレンフォードに似た外国人がサーフボードを持って現れ、板の上に立ち、波に乗るというとてもシンプルな遊びを目の当たりにする。いままでにない世界に遭遇する。

Break 4: Nikkei Jin

第二次世界大戦が終わった2年後に、自分達で作ったカヌーで、自らが作ったホットカールの板を持って、メインランドへ旅立った最初のビックウエーバー3人組。最終地であるマリブへ着いて、衝撃な事を目の当たりにする。その後の、彼らがハワイへ戻り、レボリューションを起こす。その中に1人の日系2世の若者がいたことは、日本においてあまり知られていない。